勝手にN.G.C.B.文化遺産!

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年度新たにブロガーバンド(猛爆)の名を欲しいままに更新を続ける我々N.G.C.B.一行。とはいえ、ブログの内容は所謂バンドマン特有のポエティックなソレとは大きく外れている事は本ブログをご覧になっている方は承知の通りかと思う。
そして例に漏れず今回も、音楽関連とはサッパリ程遠いバンドマンのブログにあるまじき雑談トークにて終始一貫したい(爆)

是非、就寝前の眠気誘いに、通勤通学の暇つぶしに、疲れた身体のリフレッシュに、スプーン一杯で驚きの白さに、おはようからおやすみまで暮らしをみまもるN.G.C.B.ブログをどうぞご贔屓に!(猛爆)

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ブギー・バック高松


さてさて、話変わって 我々N.G.C.B.は生まれも育ちもネイティブ香川県民という、まさに地元バンド・オブ・地元バンドズである。

かつて小沢健二が”愛し愛されて生きるのさ”と唄った様に、高松を愛し 高松に愛されて(?)活動するN.G.C.B.にはいくつかのお気に入り場所やお店があって、その中のお店のひとつが『餃子の王将 南新町店』であるのは過去のエントリの通りだ。

リャンガコーテル、ソーハンイー
遡ること昨年11月のカマロック出演前のエントリ以降、パタリと更新が止まった本ブログであったが、全国1億人のN.G.C.B.ブログフリークの皆様、永らくお待たせ致した。 

ただ、前回のエントリでは『餃子の王将 南新町店』の魅力の説明はソコソコに『リャンガコーテルソーハンイー』の魅力ばかりをフューチャーしてしまったフシがあるので(爆)、今回こそは『餃子の王将 南新町店』に秘められた魅力を、高松で育ったN.G.C.B.ならではの目線でご紹介したいと思う。

いまや全国に展開される『餃子の王将』
ただし、この南新町店は我々とは切っても切れない縁があるのだ。

勝手にN.G.C.B.文化遺産!

さて、これからご紹介する『餃子の王将 南新町店』のエピソードは、我々と同世代以上のアラサー諸兄諸姉諸君には果てしなく共感頂ける内容ではないかと思う。
もとい、当時より高松に育まれてきた我らN.G.C.B.としては、ココに触れずに高松の何を紹介するか!とまで息巻く程の重要案件だと思っている。

というわけで、何故『餃子の王将 南新町店』が、我々N.G.C.B.のハートを掴んで離さないのか、その理由を説明する為に、皆様には少しばかり記憶を遡って頂きたい。

ブギー・バック南新町商店街

記憶を遡るとはいっても、ほんの2年前とかソレくらいで結構である。
今でこそ この南新町の一等地には『餃子の王将 南新町店』が営業しているが、当時ココには『マクドナルド』が店舗を構えていた事はまだ記憶に新しいかと思う。

香川県下にて青春時代を過ごした諸兄諸姉諸君であれば、一度はここのマクドナルドに行ったことが有るであろうし、もとい ここの2階席に登れば南新町アーケードを見下ろす絶景アラウンドビューが広がっていたのは承知の通りだ。


この2階席がまさにそう!
生憎私が突撃した日はカウンターが空いていた為、2階席に上がる事はそれっぽく断られてしまったwww(猛爆)

しかし、何を隠そうこの2階席から見える景色こそ、々N.G.C.B.が『餃子の王将 南新町店』を贔屓にする最大の理由なのである。

ここからの景色には自分の若かりし頃をフラッシュバックさせる御仁も少なくないと思う。かくいう我々も、この2階席からの景色見たさに通っているといっても過言ではない。

むしろこの景色を『N.G.C.B.文化遺産』として登録し、後世へ継承していきたい!と思うほどに、この2階席からの景色には我々の青春時代が詰まっているのだ!!!

ただ、そんな我々の思い出の詰まった2階席も、傍からみれば何の変哲もないただの窓際席なのは悲しい事実であるが、我らN.G.C.B.が『文化遺産』とまで銘打って保存活動に熱心なのか、次項ではその疑問について筆を執りたいと思う。

ブギー・バックトキワ街


シャッターが目立ち、週末の日中とはいえ人通りもまばらなトキワ街。
今でこそコレほどに閑散としているが、15年くらい前はとても盛況だった、と聞いて今の高校生・大学生は信じられるだろうか。

今も当時と変わらず残っているお店も幾分あるが、当時を知らない諸兄諸姉諸君の為にも、かつてのトキワ街の賑わいについて筆を執らねばなるまい。

ちなみに、このお話は私奴が最も頻繁に街に通った2000~2002年とかその辺りのお話であるが、世代が近しい人は当時の情景を思い出しながら、また 世代の異なるヤングな世代ならば、現在の店構えと比較しながら少々昔話に付き合って欲しい。

当時のトキワ街は高松随一のファッションエリア


さてさて、そんな15年前に記憶を遡ったトキワ街であるが、先ずトキワ街の入り口といえば皆は何を思い浮かべるだろうか。
ここは現在のヤングな諸君とも意見は合致するであろうが、瓦町駅を出てすぐに店を構える『3匹の子豚( a.k.a.3豚)』は避けては通れないだろう。 店舗こそリニューアルしたものの、雰囲気は当時と変わらないトキワ街のクラシック オブ クラシック


今も当時も県下のJKには絶大な支持を得ており、ココでホットサンドとジェラートを貪り、デカい犬と戯れるのが、街ブラのスタートといって過言ではなかった。
フェスでいう所のチケットとリストバンド交換 あるいは、プールに入る前の消毒の様な通過儀礼といえば分かりやすいか。

そして、そんな3豚を通過した先には、華々しいファッションルートが拡がっていた。


当然私は行った事はないんだけど、この化粧品屋さんも老舗だよね。
シャッターが閉まっているって事はもうお店を閉めたのだろうか。


今も看板とシャッター痕が残るMETOD。


METHODの向かいは今やダーマ神殿に。
当時は銀色の玉の球場がジャンジャンバリバリしてたんだよね。


OPA(旧ダイエー)跡地。
年中無休の看板の所はABCマートだったのかな。


OPAの対面にはセントラル高松(現在のDIME)
当時の看板が残るのも雰囲気があって良い。
隣には眼鏡屋さんがあって、タマル(CD屋さん)があったんだよなぁ。


OPAから西にも靴屋さんとお肉屋さんを経てCAPTAINという帽子屋さんが並んでいた。CAPTAINは今でも丸亀町グリーンの中にあるのかな。

さらに、トキ新へと続く道を超えると左手のおもちゃ屋のことぶきやを超えると、、、


SPINS(移転前)跡地! 当時の古着屋さんは所謂リサイクル古着じゃなくて、アメリカの古着倉庫からピックしてきたアメリカ古着のお店でした。
ココンチの1Fにはヴィトンのモノグラムを貼ったNIKEのAIRFORCE1(kjが穿いてたやつ)があったんだけど、高くて買えなかった思い出(爆)


交番に突き当たって、今のスーパーホテルの所にYOU三越があった。
ここの交番は通称”鬼交番”。当時は青鬼のマスコットが交番の前に設置されていた事から”鬼交番”の異名が付いたのだが、今やフツーの交番である。


はす向かいには当時のJKの憩いの場、雑貨屋さんの大中があったんだよね。

更にはトキワ街の一本南の細道には『裏トキワ街』としてTJkagawaに特集される程にコアな洋服屋さんが並び、フェリー通り・菊池寛通りと並ぶ一大シャレオツポイントとして盛況を極めていたのも、よもや思い出補正では有るまい。


佇まいは大きく変わらない裏トキワ街。ここは何時来てもタイムスリップ感がスゴイ。


今なお裏トキワ街にて営業しているAUDIO
このドラム缶の看板は当時からそのまま


当時熱心に通ったアルタルタルト跡。
高松で唯一裏原ブランドの洋服が変えたお店。


今もなお残るハリーズ。
店舗と洋服ラインナップは今も変わらないけど、怖くて未だに入れない(猛爆)


トキワ街の由来ともなった『ときわ茶寮』の天守閣。
瓦町FLAGの屋上からトキワ街方面を見ると、天守閣が良く見えるんだけどビルの中にある天守閣が雰囲気あって好きだったww
店内も豪奢で、中庭がウルトラ立派なんだよね。


鬼交番の斜向いに移転する前はココに大中があって、2FがHITS(楽器屋さん)だった。今ではこの建物ごとドチャクソオシャレなイベントスペース兼ホテル?に変わってるwww

今でも当時の姿を色濃く残す裏トキワ街。
写真撮影がてら散歩したけど、なんか懐かしい是。

当時のランドマークといえばマクドナルト南新町店

さて、ここでようやく餃子の王将(当時はマクドナルド)が登場するワケだが、前述したトキワ街の終点ポイントで有ることや、2大街ブラルートとして人気を2分した『トキワ街ルート』と『フェリー通りルート』との合流地点となる絶妙な立地も相まって、商店街に降り立つヘッズたちの憩いの場となるのは 最早摂理であった。

更には、この好立地が幸いし、2階席で休憩しつつも、街を闊歩する友人知人を見つけては 電話を鳴らし『オーライ!ドープメェン!』と2階席より挨拶をかわすのが我々と同世代の諸兄諸姉諸君の日常だったハズだ。(知らんけどww)

もはや、上記内容を日常として幾度も街へ通った身としては、このマクドナルド、もっというとここの2階席は忘れようとも忘れられない思い出の地なのである。

高松にあって知らぬはモグリといわれた南新町のマクドナルドが撤退するとは当時の時分には夢にも思わなかったが、屋号が餃子の王将となっても(勝手に) N.G.C.B.文化遺産として登録していた2階席が未だに健在なのは胸が熱い。

恐らく、当時を知るヘッズ達は我等N.G.C.B.だけでは有るまいし、語り出せば朝まで生テレビの企画として成立する程にローカルトークに花開かせれる方も少なくないハズだ。 ましては高松バンドマン界隈でも、当時の情景がアリアリと目に浮かぶ方もいるだろう。 今でも餃子の王将 南新町店に入れば意味なく上階席に上がり、背もたれ越しではあるが、窓際の席に座ってしまう癖は抜けない。

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当時の高松商店街MAPがあれば3時間は時間を潰せる自信があるwww

今回、ブログネタの収穫の為にカメラ片手にトキワ街をブラブラしてみたんだけど、本エントリにて公開した様な写真も、何年かした後には貴重な資料とかになるのだろうか。

正直、今回のブログネタは完全にアラサー世代(というか私個人www)の思い出トークの肴なんだけど、本エントリを書きながら思った事は、当時のトキワ街の店構えを展開したマップを作ってみるのもアリだな、、、なんて妄想がww(爆)

ただ、おそらくだけど、当時のトキワ街に思い出が詰まっている方は私以外にも多く居られるハズだ。もっと言えば、私奴よりも猛烈にトキワ街に愛着のある方だって確実に居られるハズである。

場合によっては田町商店街、南新町、丸亀街フリークな方だった居られるハズで、最終的にはそんな各商店街フリークな方達の記憶を頼り当時の高松商店街MAPを完成させて、当時にタイムスリップしたようなイキフンを感じながらお酒を傾けるのも案外楽しいかもしれないwww

あとがき

本文を書いている最中に、今のアニメイト付近のお店の店頭に、等身大のエルヴィス・プレスリーの人形があった事を、今ふと思い出した。

奇しくも、数軒となりにケンタッキーも出店してあった事もあって、恐らく夜な夜なエルヴィスとカーネルサンダースの両御仁はベロベロに酔いつぶれたオッサンに絡まれていたと思う。(知らんけどww)

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